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イントロダクション

このシリーズでは、ミクロ経済学の一分野である、「社会選択論 (Social choice theory)」を勉強します。社会選択論は、二人以上の個人が属する集団(サークル、会社、国家など)が、集団として1つの意思決定をする場合に、どのようなルール(方法)が望ましいかを考える分野です。


集団の意思決定の方法の典型例は「投票」です。票を多く集めた選択肢を選ぶという方法は、サークル内の多数決、コンテストの審査、国や地方の議会選挙など、様々な場面で使われます。場面によって、一人何回手を上げるか、予選と決選投票に分けるかなど、いろいろなやり方がありますね。


どんな方法が良いかは、集団の大きさ、選択肢の数、みんなの意見の分かれ方などにも依ってくるでしょう。社会選択論は、それぞれの方法の長所や短所を数学的に研究し、どのような方法が望ましいかを考えます。


第1回では、個人の選好をテーマとして扱います。集団の意思決定を考えるには、集団を構成するメンバーの意見がはっきりしていることが必要です。意見とは、例えばA君が「消費税は10%より15%の方が良いと思っている」とか、B君が「運動会の出し物はダンスより組み体操が良いと思っている」などのことです。そのような意見を、経済学では「選好 (preference)」と呼びます。第1回では「はっきりとした選好とは何か」を考えます。


集団を構成するメンバーたちが、いつも仲良し兄弟のように同じ選好を持っているなら、集団の意思決定は簡単でしょう。しかし実際には、メンバー同士の意見が大きく異なることもあり得ます。集団の意思決定のルールであるからには、たとえメンバーの意見が大きく対立したときであっても、1つの決定が為されなければなりません。メンバーたちの意見が全面的に異なる場合も想定することを、「全域想定 (Universal assumption)」と言います。全域想定をした途端に、集団の意思決定のルール作りは難しくなります。第2回は、その難しさを象徴的に表す、「コンドルセのパラドックス」という現象を紹介します。第3回・4回では、なぜ「全域想定」が大事なのかを解説します。


第5回からは、集団が意思決定をするために用いる様々な方法を見ていきましょう。代表例として「多数決」(第5回)、「ボルダ・カウント」(第6回・7回)、「固定順序」(第8回)を紹介します。これらの方法を概観する中で、集団の理想的な意思決定の方法が満たすべき、4つの基準が浮かび上がってきます。名前を挙げると、「全域想定」「独裁でない」「パレート性」「無関係な選択肢からの独立」の4つです。それらを踏まえ、最終回では社会選択論で最も重要な定理である「アローの不可能性定理」を勉強します。この定理は、4つの基準を全て満たす方法は存在しないことを証明したもので、ルール作りをしていくうえで前提となるものです。


社会選択論は、見た目には全く数式が出てこないのに、数学的な思考をフルに用いるテーマです。1つ1つの言葉の定義をしっかり覚え、定義を踏まえて理詰めで考える練習をしましょう。

>> 社会選択論(1)一貫性のある選好

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