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コンドルセのパラドックス


経済学では、全ての人が一貫性のある選好を持つと仮定します。A君が「カレーよりもラーメンが好きで、ラーメンよりも蕎麦が好き」なのであれば、たとえ直接比べていなくても、当然カレーよりも蕎麦が好きなのだとみなされます。この場合のA君の選好は

蕎麦 \succ ラーメン \succ カレー

と表現されます。


さて、合理的な人々の集まりが、常に合理的とは限りません。それを理解するため、以下のような例を考えてみます。今、A君、B君、C君の選好がそれぞれ

A君: 蕎麦 \succ ラーメン \succ カレー
B君: カレー \succ 蕎麦 \succ ラーメン
C君: ラーメン \succ カレー \succ 蕎麦

だとします。この状況で、3人がグループとしての選好を、多数決で決めるとしましょう。まず「蕎麦とラーメンどちらがいいか」と聞かれたら、A君とB君の二人が蕎麦を選ぶので、2対1で蕎麦の勝ちです。3人でランチを食べに行くなら、ラーメンより蕎麦でしょう。このことを、「グループの選好」ということで、group の頭文字をとって「蕎麦 \succ_g ラーメン」と表すことにします。


では、ラーメンとカレーならどうでしょう。多数決の結果は2対1でラーメンの勝ちです。つまり「ラーメン \succ_g カレー」です。カレーと蕎麦ならどうかと言えば、この場合は2対1でカレーに軍配が上がります。「カレー \succ_g 蕎麦」です。


もうお分かりですね。3人はそれぞれ一貫性のある選好を持っているのに、グループとしては「蕎麦 \succ_g ラーメン」かつ「ラーメン \succ_g カレー」かつ「カレー \succ_g 蕎麦」となってしまい、推移性を満たしていません。ジャンケンのように堂々巡りしてしまいます。これは「コンドルセのパラドックス (Condorcet Paradox) 」と呼ばれる現象です。


単純な話にずいぶんと大げさな名前が付いているな、と思う人もいるでしょう。しかしこれは、人間が組織や集団として決断をしようとするときにぶつかる壁を端的に表しています。「ボクね、おそばがラーメンより好きで、ラーメンがカレーより好きで、でもカレーがおそばより好きなんだ」と5歳のヒロシ君が言ったら、きっとあなたは微笑むでしょう。合理的な大人なら、最後の結論は「おそばがカレーより好き」になるはずです。


ところが、一貫性のある選好を持つ人たちだけが集まった社会の選好であっても、いとも簡単に上記のヒロシ君のようになってしまう。それが「パラドックス」という言葉に込められた意味です。


コンドルセのパラドックスはいつも起こるとは限りません。それでも、集団による意思決定を考えるときに、無視できない存在です。その根拠の1つが、「全域想定」という考え方です。次回はこの「全域想定」を説明します。

>> 社会選択論(3)全域想定