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今日の私と明日の私

あなたが毎日コンビニで小さな袋菓子を買っているとしましょう。「そのお菓子なら、スーパーで安くまとめ買いできるよ」と友達が教えてくれたとします。でもあなたは、まとめ買いしません。一度にたくさん買うと、ついつい食べ過ぎてしまうからです。


食べ過ぎを心配してまとめ買いしないのは、「未来の自分がやりかねないことを、現在の自分が防止する」という行動の一例です。「どうしても飲み過ぎちゃって体調を崩すから」と言って飲み会に来ない人や、期末試験前になるとゲーム機を売ってしまう人もそうです。オデュッセウスは、セイレーンの歌声を聞く前に、自分をマストに縛りつけさせましたし、『指輪物語』の賢人ガンダルフは、指輪の誘惑を恐れ、決して指輪に触れませんでした。お菓子をまとめ買いしないあなたは、ガンダルフと同じ賢人です。


これらの行動は、現在の自分と未来の自分との間の、2ステージ・ゲームとして解釈することができます。お菓子を買う例ならこうです。第1ステージでは、現在の自分がお菓子をまとめ買いするかどうか決める。第2ステージでは、未来の自分が、食べるお菓子の量を決める。未来のあなたは「まとめ買いしなよ。食べ過ぎないから」と主張するかもしれませんが、破っても罰則のないカラ約束です。


お菓子を食べ過ぎないことにコミットできれば、まとめ買いできるのですが、コミットする方法はあるでしょうか。お菓子を箱に入れてひもで縛るとか、ハシゴを使わないと届かない高い所へ置くとかでしょうか。いや、それより「時間が来ないと開かないお菓子箱」を発明したら、人気が出るかもしれませんね。


さて、「カラ脅しとカラ約束」のシリーズの締めくくりとして、「評判」について付け加えたいと思います。実は、カラ脅しやカラ約束の解消にコミットメント・デバイスが不可欠なのは、1回きりのゲームの場合だけです。何度も繰り返されるゲームの場合は、「評判」で代用できます。


「脅迫されても、お金は払わない」や「ダダをこねても、おもちゃは買わない」は、1回きりのゲームでは単なる強がりかもしれませんが、繰り返される状況では、信ぴょう性があります。一度屈したら、また同じ要求をされるという結末が待っているからです。犯罪グループにインタビューするテレビ局の、「匿名にします」という約束もそうです。一度でも破れば二度とインタビューできなくなりますから、信ぴょう性のある約束です。


お菓子を買う時のあなたと、それを食べる時のあなたのゲームも、繰り返しゲームにしてしまう方法があります。買う時のあなたは食べる時のあなたに1度だけチャンスを与えます。食べるのは1日1個。もし違反して2個食べたら、もう二度とまとめ買いはしない、という約束です。これなら「1日1個しか食べない」はカラ約束ではなくなりますね。飲み会に来ても2杯目をかたくなに断る人は、頭が固いのではなく、これからも飲み会に来られるように、過去の自分との約束を守っているだけかもしれないのです。


さあ、これでカラ脅しとカラ約束についてはおしまいです。次回からは「混合戦略」について勉強します。

>> 混合戦略(1)最良かつ無差別


かえるくんは クッキーに 手を のばしながら いいました。
「ぼくたちには いしりょくが いるよ」