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カラ約束ゲーム2.中立的な第三者

ロンドンに留学中のヤスシくん。夏休みで日本に帰省していたら、パリに住む友達のピエールから電話が。いわく、「妹とロンドンに遊びに行くんだ。ヤスシがいない間アパートを使わせてくれないかな?」


実はヤスシくん、ピエールの妹のエヴァのことが好きで、もう何ヶ月も掃除していないロンドンの部屋は、絶対にエヴァに見せたくありません。妹に見せる前に、ピエールが4時間かけて徹底的に掃除してくれるというのなら話は別ですが・・・・。ピエールは「ちゃんと掃除する」と言いますが、問題は、ピエールが全くきれい好きな性格ではないということです。


これは2ステージ・ゲームと見ることができます。最初にヤスシくんがピエールに部屋の鍵を送るかどうか決めます。鍵をもらえた場合は、今度はピエールが、使う前に4時間かけて掃除するかどうか決めます。ゲーム理論的な予測は、「ヤスシくんは何とか理由をつけて断る」というものです。友達の役に立てればヤスシくんも嬉しいのですが、それは実現しません。ピエールがヤスシくんの部屋を隅から隅まで掃除するインセンティブ(動機)は、使用許可が出たと同時に消えてしまいます。少しは片付けてくれるでしょうが、徹底的にというのは無理でしょう。「絶対汚さないから!」と言う友達に、あなたが大切な本を貸したが最後、どこか汚れて返ってきても仕方がないことなのです。


ピエールはどうすれば、ちゃんと掃除することにコミットできるでしょうか。1つの方法は、ヤスシくんの現地の知り合いに間に入ってもらうことです。例えば、ピエールはこんな提案をすることができます。まずヤスシくんが、ピエールとは面識のない知人のK氏に部屋の鍵を託します。そしてまずピエールだけが部屋に入ることを許されて掃除をし、そのあとでK氏が掃除の成果をチェックします。K氏が納得しなければ、エヴァは部屋に入ることを許されず、ピエールも鍵を受け取れないという段取りです。この提案ならヤスシくんも承諾するかもしれません。


さて、この例では当事者のピエールとヤスシくんが友達どうしなので、K氏がヤスシくん寄りの人であっても仲介の役目を果たせますが、もし当事者が他人同士とか、敵同士だったらどうでしょうか。たとえば映画とかで、「宝の地図と引き換えなら仲間は解放してやろう」というのがそれです。この場合、宝の地図が手渡され、人質も解放されるという状況を達成するには、間に入る人は「中立的な第三者」でなければなりません。


中立的な第三者の役割を、「国際貿易」の例で説明します。ブラジルの企業から、日本の企業が何かを買いたいとします。支払いが先だと、ブラジルの企業が約束通り商品を送ってくれない可能性があり、日本の企業にとってリスクです。他方、支払いが後だと、日本の企業がきちんと支払ってくれない可能性があり、ブラジルの企業にとってリスクです。外国の企業を裁判で訴えるのが難しい状況では、「宝の地図が先か、人質の解放が先か」という問題に構造が似てきます。


ここで活躍するのが、金融機関の発行する「信用状 (letters of credit)」という方法です。この方法ではまず、輸入企業が、「品物の代金」を銀行に渡し、銀行から「信用状」を発行してもらいます。輸入企業はこの信用状を輸出企業に見せますが、輸出企業はまだ代金を受け取れません。輸出企業は品物を港で船積みし、何をどれだけ船積みしたかが詳細に記録された「船積み書類」を発行してもらいます。輸出企業は銀行にこの船積み書類を提示して、やっと品物の代金を受け取ることができるのです。これだと、「品物はもらったけど、お金は払わない」とか、「お金をもらっておいて、品物は送らない」というのは不可能になります。


「人質」や「第三者への委託」と並んでよく使われるコミットメント・デバイスが、「法的に有効な契約書」です。例えば、「きちんとお金を返します」という契約書がそうです。逆に、法律が無効とする契約書には意味がありません。次回はそんなお話です。

>> カラ脅しとカラ約束(7)カラ約束ゲーム3.後々の自由が今の不自由