目次へ

>>

カラ約束ゲーム3.後々の自由が今の不自由

もし「借金は返さなくてもいい」という法律ができたらどうでしょう。日本史には「永仁の徳政令」というのが出てきますが、今の時代でも、学生ローンの返済に苦しむ若者の債務を、軽くしてあげたいと思うのは自然な感情です。「債務減免」の法律によってどれくらい助かるかは人によるので一概に言えませんが、ひとつだけはっきりしていることがあります。それは「もう借りられなくなる」ということです。考えてもみてください。学生のときに借りたお金は返さなくていいという法律があるのに、学生に学費を貸す人はいません。どんなに優秀で真面目な学生が「ちゃんと返すと約束します」と言ったとしてもです。


2ステージ・ゲームを、徳政令の例で考えてみましょう。第1ステージでは商人が武士にお金を貸すかどうか決め、第2ステージで武士が、返済義務のないお金を返すかどうか決める、というゲームです。ゲーム理論的な予測は、「商人はそもそも武士にお金を貸さない」というものです。武士がいくら「必ず返す」と心に誓っても、いざお金を借りてしまったら、返すインセンティブはありません。「必ず返す」はカラ約束です。


しかし、どうしても借りる必要があれば、武士も返済にコミットする方法を考えるでしょう。たとえば、先祖代々伝わる土地や刀を、質物(しちもつ)として差し出すという方法があります。要は担保のことです。どんなに法律でお金を返さなくていいと言われても、借金の形に大事な物が取られては困りますから、武士も返済の努力をします。担保によって「必ず返す」は信頼できる約束となり、商人は武士に再びお金を貸してくれるようになります。「ユダヤ人に借りたお金は返さなくていい」という法律がある社会で、アントーニオがシャイロックからお金を借りたければ、自分にとって大事な物を人質にする必要があるのです。


さて、幕府がさらに法律を変えて、「武士は借金を返さなくていいし、借金の形にとられている担保も無償で返してもらえる」という決まりにしたらどうでしょうか。もはや武士は担保を使ってもお金を借りられなくなります。


あとで気が変わったら返さなくてもいい、という選択肢ができたことによって、借りるという選択肢がなくなってしまう理屈を理解してください。このように、「あとあとの選択の幅が増えることで、現在の選択肢が減ってしまう」という例は他にもあります。画像の拡散が簡単にできる時代では、昔ほど気軽に写真を撮らせてもらえません。手術が失敗したときに病院を訴えられるようになると、そもそも入院を断られる患者や妊婦さんが出てきます。自由や可能性が拡大することで、新たに「カラ約束の問題」が生じてしまうためです。


自由にすることで制約を課す、次回はそんな逆説の例をもう1つ紹介します。

>> カラ脅しとカラ約束(8)カラ約束ゲーム4.カラ約束問題を逆手に取る