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コミットメント

前回、一郎とユーリーのゴミ捨てゲームをお話ししましたが、ユーリーがゴミ捨てしないで済む方法はあるでしょうか。例えばユーリーが弟のアレクシに100ドル札を預けて、「僕がもし明日の朝ゴミを捨てたら、この100ドルはアレクシにやるよ」と言ったとしましょう。これでもう、一郎は朝早くゴミを捨ててから学校に行くでしょう。今までは、一郎がゴミ捨てしなくても、ユーリーがゴミ捨てしてくれました。しかしさすがのユーリーも、100ドル失ってまでゴミ捨てしようとは思わないでしょう。ゴミが残って臭いのはいやですから、一郎はゴミを捨ててから出かけます。他方のユーリーは、ゴミ捨てをする必要も、100ドルを失う必要も、臭いゴミを我慢する必要もありません。


この例では、ユーリーはゴミ捨てしたくてもできないよう、自ら工夫しました。このように、あとあと自分が有する自由を、今のうちに自ら制限してしまうことを、ゲーム理論では「コミットメント (commitment)」と言います。動詞の「コミット」は、「ゴミを放っておくことにコミットする」のように使います。ビジネスで「〇〇にコミットする」は「責任を持ってちゃんとやる」くらいの意味ですが、ゲーム理論では「絶対そうせざるを得ないように、自ら追い込む」という、かなり特殊な意味で使います。

コミットメント・デバイス

「のび太を甘やかしたらネズミが落ちてくる仕掛け」や「弟に預けた人質の100ドル」のように、コミットメントの手段となるものを、ゲーム理論では「コミットメント・デバイス」と言います。おとぎ話では、「愛で結ばれれば呪いは解け、結ばれなければ死んでしまう」というのがありますが、「呪いに関しては他言できない」というのが大原則です。というのも、もし他言していいならば、呪いはコミットメント・デバイスとなってしまうからです。「別れるというなら死んでやる」だけではカラ脅しです。でも、魔女に呪ってもらって、「はい、これで私はあなたと結ばれなかったら死んでしまいます」はカラ脅しではありません。王子様は迷わず人魚姫と結婚するでしょうし、カルメンですらホセと復縁したかもしれません。これでは呪いの魔女というより、恋愛成就の魔女です。


コミットメント・デバイスには、「契約書」「担保」「委託」など、幾つか種類があります。それはおいおい紹介することにして、次回からは、もう一つの基本的な動学ゲームである「カラ約束のゲーム」を勉強しましょう。

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