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カラ約束ゲーム1.命を助けてくれたら、あなたに尽くします

ここまで、「カラ脅し」と呼ばれる種類の動学ゲームを勉強しました。ここからは、「カラ約束」のゲームを説明します。


ミステリー映画のこんな場面を想像してください。真夜中のニューヨーク郊外、ひと気のない倉庫地帯で二人の青年が、不運にも殺人の現場を目撃してしまいます。
殺人犯「気の毒だが、見られた以上は生かしてはおけん。」
青年たち「助けてください。警察には言いません。それに、これから毎月10万円払います。」


この状況は2ステージ・ゲームです。まず殺人犯が、目撃者の青年らを殺すか解放するか決め、もし解放されたなら、今度は青年たちが、銀行に行くか警察に行くか決めます。


目撃者の青年たちは、助けてもらえるなら何でもするつもりです。毎月10万円は大金ですが、命に比べたら惜しくありません。殺人犯にとっても、青年らを殺さないだけで大金がもらえるという美味しい取引です。取引することが双方の利益になりそうですね。でも、ゲーム理論の予想はそうではありません。このままでは青年たちは口封じのために殺されてしまう、というのがゲーム理論の予想です。どんなに彼らが真剣でも、「警察には言わない。10万円払う」はカラ約束と見なされてしまうのです。


これと同じではありませんが、似た問題が歴史上何度も起こりました。二人の権力者が戦い、一方がもう一方に敗北した瞬間です。敗北したとはいえ有能な人物。「命を助けてくれるなら、あなたが天下を取れるように尽力しよう」と持ちかければ、これは前途多難な勝者にとっても魅力のある取引でしょう。しかし、それだけでは取引は成立しません。取引の障害となるのが、助けられたあとで、敗者が約束を破棄し、勝者の背中にブスッとリベンジをお見舞いする自由です。敗者はこの自由を何とか放棄しない限り、この場で命を取られてしまいます。敗者はどうすれば、命を救ってくれた勝者に尽くすことに、コミットできるでしょうか。


洋の東西を問わず利用された方法が、人質を差し出すことです。仕える者は新しい主君に、人質として妻子を渡しました。人質は、敗者の忠誠を信頼できる約束に変える、大事なコミットメント・デバイスです。そのため、人質を取る側も、普通は人質をぞんざいに扱ったりしません。きちんとした生活を保証し、子供であれば教育を受けさせたりもします。殺人を目撃してしまった冒頭の二人(名前をメロスとセリヌンティウスとしましょう)も、似たような段取りをすることができるかもしれません。メロスが解放され、セリヌンティウスが人質として残るのです。メロスが犯人に毎月10万円を送り続けるかぎり、人質のセリヌンティウスはむしろ丁重に扱われるはずです。


「人質」はよくあるコミットメントの方法ですが、次回は「中立的な第三者への委託」という別の方法を紹介します。

>> カラ脅しとカラ約束(6)カラ約束ゲーム2.中立的な第三者

あかぎカフェ(東京 神楽坂)