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貯蓄のパラドックス


今回のポイント
民間貯蓄の定義は (Income - T) - C であり、それは I + (G - T) + (X - M) に等しい。
貯蓄率を上げても、貯蓄は増えない。




民間貯蓄」とは、人々が税引き後所得(Income - T)のうち、消費せずに取っておく分のことです。45度線モデルでは(Income - T) - C がこれに相当しますが、計算するといくつになるでしょうか。


内生変数であるIncomeCは45度線モデルの連立方程式を解けば求まるので、それを(Income - T) - Cに代入すれば、民間貯蓄も求まります。でも、実はもっと簡単に求める方法があります。それをこれから説明しましょう。


第7回の45度線モデルの連立方程式を思い出してください。まず所得Incomeは需要Zに等しく、そのZの内訳はZ = C + I + G + X-Mということでしたから、これを民間貯蓄の式のIncomeに代入します。するとCがうまい具合に消えて、結局I + (G-T) + X-Mだけが残ります(導出はこちら)。民間貯蓄を求める過程では、IncomeCは求めるまでもなく、どのみち消えてしまうのです。出てきた結果をまとめると、民間貯蓄は


となります。Iは企業の投資、G-Tは政府の「財政赤字」で、X-Mは「貿易黒字」です。民間貯蓄がこの3つの合計に等しいというのは、理屈のうえでも合っています。というのは、企業の投資には資金が必要ですし、政府が財政赤字を出すには国民から借金をする必要があります。また、輸出が輸入を上回れば、差額は海外に投資されます。民間貯蓄は、家計が企業に投資する分、政府に投資する分、海外に投資する分の3つに分かれるのです。


面白いのは、民間貯蓄の式に、限界消費性向c_1が出てこないという事実です。c_1は可処分所得が増えたとき、人々がそのうちのどれだけを消費にまわし、どれだけを貯蓄にまわすかを決めるパラメータです。c_1が高ければ消費にまわす割合が大きいので、貯蓄は小さくなりそうです。それなのに、貯蓄はあくまでI + (G-T) + X-Mで、c_1の大きさと無関係であるというのは一見不思議ですね。これは実は、「貯蓄のパラドックス」と呼ばれる現象が、45度線モデルの世界でも起こることを表しています。


貯蓄のパラドックスとは、「みんなが貯蓄しようとすると、貯蓄は増えない」という、何とも逆説的な可能性を指す言葉です。根拠は単純で、ある人が倹約すると、その他の人の収入が減ってしまうからです。逆に、誰かがアート作品や映画、美容院や外食などに消費すれば、それは別の誰かの所得になります。45度線モデルの世界では、c_1が高い社会は、消費も所得も大きい社会です。そうして、所得と消費の差は、c_1が大きい社会も小さい社会も同じになるため、結果的に貯蓄に影響を与えないのです。


一般に「ああすればこうなるはず」という理論的可能性を、モデルというシミュレーション世界で再現しようとしたとき、いつもうまくいくわけではありません。「風を強くすれば旅人のマントは吹き飛ぶ」と思ってシミュレーションしてみたら、当てが外れるということもしばしばです。貯蓄のパラドックスは理論的可能性に過ぎませんが、少なくとも45度線モデルの世界では再現することができました。


さて、45度線モデルの主張は、当然、モデルが想定する数々の仮定に依存しています。次回からは、45度線モデルの仮定に対する批判の例を見ながら、モデルに基づいて議論するという「経済学の作法」を体験してみましょう。

>> GDPの45度線モデル(12)モデルの仮定を批判する1:近視眼的な消費者

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