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「乗数効果」再検証


前回、政府支出が\Delta G増えたとき、産出Yの増分は


    \begin{eqnarray*} \Delta Y = \frac{\Delta G}{1- c_1} \end{eqnarray*}


となることを証明しました。たとえばc_1=0.5であるならば、\Delta Y\Delta Gの2倍です。政府が景気対策のために1兆円支出を増やすと、GDPは2兆円増えるという算段になります。一般に0<c_1<1という仮定なので、必ず\Delta Y>\Delta Gとなります。これが財政の「乗数効果」であり、結果の先取りの回で挙げた、45度線モデルの2つめの主張です。


均衡財政の場合

次はあまり知られていない、「均衡財政」に関する主張を紹介しましょう(前ばらし3つめの主張)。均衡財政とは、政府がお金を借りたり返したりせず、ちょうどその年の税収に等しい分を支出することをいいます。45度線モデルでは「政府支出G=税金T」です。均衡財政のもとでは、政府が支出を増やそうと思ったら、同じだけ課税も増やさなければなりません。これはつまり「\Delta G=\Delta T」ということです。


そこで、45度線モデルでGTの両方を同じだけ変化させてみましょう。政府支出を増やせば、産出Yは増えます。また、課税を増やせば、産出Yは減ります。それぞれどれだけ変化するかは前回導出しました。合計では

    \begin{eqnarray*}\Delta Y = \frac{\Delta G}{1- c_1} + \frac{-c_1}{1-c_1}\Delta T  \end{eqnarray*}


です。\Delta G=\Delta Tのときは、\Delta Y = \Delta Gとなります。つまり、政府が20億円を税金で集めて銅像を建てた場合、GDPの増加はちょうどその20億円の銅像分だけということになります。公共事業のおかげで、所得が増えて新しいパソコンを買える人がいる一方で、増税のために新しいパソコンを諦める人がいます。両者がちょうど相殺されるというのが、45度線モデルの予想です。このように、「均衡財政のもとでは乗数効果は存在しない」というのが45度線モデルのメッセージです。


国債でまかなう場合

では、政府が20億円分の銅像の資金を、国債の発行によって賄った場合はどうでしょうか。この場合、初年度は政府支出が増えるだけなので、消費刺激効果が見込まれます。しかしその数年後、政府は20億円の借金を返すため、20億円の課税をします。このときに消費が減退することになりますが、この減退分は、初年度の消費の上昇分とちょうど等しくなります。つまり、借金返済のときまで通算して考えると、やはり乗数効果はありません。


「国がいま借金して景気対策をしても、将来増税したとき消費が減退する」ということは薄々分かりますが、願わくば、将来の消費の落ち込みは小さく済んでほしいところです。しかし、この点に関して、45度線モデルのメッセージは、非情なほど明快です。今消費が刺激される分と、将来消費が落ち込む分がちょうど等しくなるのです。


次回は、貯蓄のパラドックスについてお話しします。

>> GDPの45度線モデル(11)貯蓄のパラドックス

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