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モデルの結論を先取り
経済学の「モデル」は、政策の効果をシミュレートするための仮想世界です。消費者や企業など様々な経済主体がいて、政策の変化に反応します。
マクロ経済学の「45度線モデル」も、政府の課税や財政支出が、GDPにどう影響するかをシミュレートするための仮想世界です。それがどんな世界かは次回に詳しく説明するとして、今回はこの世界で政策シミュレーションをおこなった場合の結果を前ばらししてしまいましょう。
45度線モデルのシミュレーション結果は、ざっと以下のとおりです。
- 減税すると、民間の消費が伸びてGDPは増える。増税すると、消費が落ち込んでGDPが減る。
- 政府が(税金を据え置いたまま)支出を増やすと、GDPはそれ以上に増える。つまり、乗数効果が生じる。
- 政府が支出と税金を同額ずつ増やすと、GDPは増えるが、ちょうど支出の分しか増えない。つまり、乗数効果は得られない。
- 政府が支出を増やし、増税を翌年以降に行った場合も同様。トータルでは乗数効果は得られない。
- 消費者が消費を切り詰めて貯蓄率を上げても、貯蓄は1円も増えない。
1つめの結果は、政府が支出を変えずに、税制だけ変えた場合です。45度線モデルの世界では、減税すると景気にとってプラス、逆に増税は景気にとってマイナスとなります。これは多くの人のイメージと合致していると思います。
2つめの結果は、前回説明した「乗数効果」です。政府が20億円かけて銅像を建てれば、民間の消費も刺激され、GDPは20億円よりもっと増えるということが、45度線モデルの世界でも起こります。ただし、これは政府が必要な20億円を、増税ではなく国民からの借金でまかなった場合、短期的にそうなるという話です。
3つめの結果は、比較的知られていない45度線モデルのシミュレーション結果です。それは政府が財政出動を、まるまる課税によってまかなった場合(「均衡財政」といいます)に何が起こるかです。公共事業に必要な20億円を、増税によって調達した場合、消費刺激効果は得られません。銅像の建造に関わって収入を得た人は新しいパソコンを買うかもしれませんが、他方で増税のせいで新しいパソコンを諦める人がいます。全体では、20億円の銅像によって生み出されるGDPは、20億円の銅像それだけです。
4つめの結果は、3つめと似ています。景気対策のために政府が20億円分の公共事業をするさい、その財源をその年の増税ではなく5年後の増税でまかなうことに決めたとしましょう。とりあえず借金でまかなうということです。すると公共事業をおこなった年は20億円プラス・アルファでGDPが増えるけれども、5年後に増税されたときに消費がアルファ分だけ落ち込みます。消費の当初の増加分とその後の減少分が相殺されてしまうのです。結果、トータルでは20億円の銅像によって生み出されるGDPは、やはり20億円の銅像それだけ、というのがシミュレーション結果です。
5つめの結果は、「貯蓄のパラドックス」と呼ばれる現象です。実際の世界で必ずそうなるというわけではなく、あくまで理論上起こりうる現象なのですが、45度線モデルの世界では、まさにこの現象が起こります。これに関しても後の回で詳しく説明します。
さて、シミュレーションなどという大袈裟な言葉を使いましたが、コンピューターは必要ありません。数学的に単純なモデルなので、紙と鉛筆だけでも何が起こるか予測できます。次回はこの45度線モデルがどんな世界なのかを説明します。
>> GDPの45度線モデル(7)モデル式の導出