>> 1011


<<前提知識>>
生産のモデル化 (序)~(5)


このシリーズでは「経済成長論 (Economic Growth Theory) 」の入門を勉強します。経済成長と聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか。高層ビルが建ったり、素敵な商品が買えたり、誰でも質の高い教育や医療が受けられるようになったりすることでしょうか。マクロ経済学における「経済成長」の定義は、もっとあっさりしています。それは「国民一人当たりの所得 (GDP)」が増加していくことです。


一人当たりの所得の、前年と比べた増加率を「経済成長率」と呼びます。たとえば、前年が100万円で、今年が102万円ならば、経済成長率は2%です。年率2%で経済成長していくと、一人あたりの所得が2倍になるには35年かかります。年率3.5%なら20年、年率7%なら10年です。経済成長率が高ければ、その国の人々は速く豊かになれるのです。


では、高い経済成長率を持続させるには、どうすればよいでしょうか。経済成長率に影響を与える要因は何でしょう。経済成長のメカニズムを解き明かし、成長にとって有効な政策を提言することが「経済成長論 」の目的です。


経済成長論の入門であるこのシリーズでは、3つの基本モデルを勉強します。マルサスのモデル、ドーマーのモデル、ソローのモデルです。


まず、マルサス・モデル (Malthusian model) です。これは、マルサスが『人口論 (1798) 』の中で描いたシナリオを、数式で表現したものです。このモデルに登場する生産活動は「農業」であり、主要な生産要素は土地と労働です。資本主義以前の世界をモデル化したものなので、「資本」は登場しません。資本の蓄積が起こらないため、経済が成長しないモデルです。経済が成長しないので、経済成長論の出発点として学ぶのにうってつけのモデルです。


2つめは、ドーマー・モデル (Harrod-Domar model) です。このモデルについてのドーマーの論文は、1946年に経済学で最も権威のある学術誌『エコノメトリカ』に掲載されました。とは言っても、エッセンスは難しくありません。ドーマー・モデルは、資本(機械設備)が唯一の生産要素であると考えます。そして「設備投資をすればするほど、経済は成長する」と結論づけます。ドーマー・モデルがどうやってその結論に至るのかを勉強しましょう。


3つめは、ソロー・モデル (1957,Solow model) です。ソローはこのモデルでノーベル経済学賞を受賞しました。このモデルはドーマー・モデルと似ています。ほとんど唯一の違いと言えるのが、生産関数です。ソローは、生産には資本と労働の両方が必要であると仮定したのです。これだけでモデルの結果はガラリと変わります。シミュレーションが導く結果は「設備投資は50年、100年のスパンで見た長期的な成長には関係ない」というものです。設備投資をしていれば経済は成長し続けるというドーマーの結論とは対照的です。


以前勉強した「45度線分析モデル」は、時間の流れの無い「静学モデル (Static model)」でした。これに対し、マクロ経済学の多くのモデルは、過去から未来へと時間が進んでいく「動学モデル (Dynamic model)」です。マルサス、ドーマー、ソローのモデルを通じて、動学モデルにデビューしましょう。最初はマルサスのモデルです。

>> 経済成長論(1)マルサス・モデル1 概要編