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現在価値の計算


このシリーズのテーマは「再帰性 (recursivity)」です。現在価値や期待値を計算する問題には、しばしば「問題の中にまた同じ問題が出てくる」という「再帰性」が潜んでいる場合があります。そんなとき、ちゃんと再帰性の存在に気づいて利用することができれば、複雑な計算が劇的にシンプルになるのです。このシリーズでは再帰性とは何か、どのようにそれを利用するのかを、4つの具体例を通じて学ぶことにしましょう。


1つめの例は、再帰性を利用した「現在価値 (present value)」の計算です。現在価値(あるいは割引現在価値とも言う)は別のシリーズで詳しく扱っていますが、要は、「将来の全てのペイオフ(利得)を現在の価値に換算して、合算した値のこと」です。


例えば、今日から毎年 D 円もらえる証券の現在価値 V は、割引率を i とおくなら、

(1)   \begin{eqnarray*}V= D + \frac{D}{1+i} + \frac{D}{(1+i)^2} + \frac{D}{(1+i)^3} +\cdots \end{eqnarray*}


です。1年後の D 円は 1/(1+i) で割引き、2年後の D 円は 1/(1+i)^2 で割引くと言った具合に、遠い将来のペイオフほどたくさん割り引いて足し合わせます。


現在価値 V は無限に続く足し算を含んでおり、求めるのは大変そうに見えますが、再帰性に気づくとあっけなく求まります。ここで再帰性とは、「V の中に再び V が現れる」という性質のことです。試しに、右辺の第2項以降を \frac{1}{1+i} でくくってみてください。すると、

    \begin{eqnarray*}V &=& D + \frac{1}{1+i}\left\{D+  \frac{D}{1+i} + \frac{D}{(1+i)^2} + \cdots \right\}\end{eqnarray*}


となり、\{ \hspace{1mm} \} の中は、先ほど V と置いたものと同じです。よって 

(2)   \begin{eqnarray*}V &=& D + \frac{1}{1+i} \cdot V \end{eqnarray*}



したがって、答えは

    \begin{eqnarray*}V &=& \frac{(1+i)D}{i}\end{eqnarray*}


と求まります。再帰性に注目したことで、無限に足し算することを回避できたわけです。


慣れてくると、(1)式を見ずとも、「毎期 D 円もらえる証券の価値はいくらか」という問題設定を聞いただけで、再帰性の存在に気づけるようになるでしょう。証券の価値は今日も1期後も同じはずです。また、「今日この証券をもらうこと」と、「今日は D 円だけもらって、証券は1期後にもらう」こととは同じです。それらを考慮すれば、直に(2)式を導くことも可能です。


再帰性に注目して無限和を求めるというテクニックは、経済学の理論でしばしば用いられます。次回は、期待値の計算に再帰性を使ってみましょう。

>> 再帰性(2)期待値の計算