<< 確率変数の「平・分・共・標・相」(6)

期待値の外に出せるもの、出せないもの


今回は、期待値の持つ性質の幾つかを紹介します。


1.E[aX+b] = aE[X] + b

たとえばXが、「今朝あなたが家を出て、最初に出会う女性の身長(メートルで表したもの)」を表す確率変数だとしましょう。E[X]はその期待値です。日本の女性の平均身長を考えるとE[X]=1.58メートルといったところでしょうか。


ここで、100X+20という確率変数を考えてみましょう。これを無理やり解釈するなら、身長 X をセンチメートルに直したうえで、全員に20cmのハイヒールを履かせた世界で、あなたが今日最初に会う女性の背丈です。この期待値、E[100X+20]はいくつになるか、というのが問です。


実はこれは100E[X]+20に等しくなります。E[X]=1.58でしたから、これは178です。今日あなたが最初に会う女性の背丈は、20cmのハイヒール込みで期待値178cmということになります。このように、確率変数に定数を掛けたり足したりしたものの期待値を考えるとき、その定数は「期待値の外に出す」ことができるのです。


2.E[X+Y] = E[X] + E[Y]

では次に、今日あなたが最初に出会う男女のカップルの身長を考えましょう。女性の方の身長をXメートル, 男性の方はYメートルと表すことにしましょう。日本の平均身長のデータによれば、期待値はE[X]=1.58メートルとE[Y]=1.72メートルです。

ここで、X+Yという確率変数を考えてみましょう。「カップルの身長の和」という確率変数です。これの期待値 E[X+Y] はいくつになるか、というのが問です。実はこれは、E[X] + E[Y] に等しくなります。足し算の期待値は、期待値の足し算に等しいのです。だから、E[X+Y] = 3.3メートルということになります。この定理の証明は簡単ですが、今回は省略します。


3.E[X^2] \neq E[X]^2 など

反対に、期待値に関して成立しないものを紹介しましょう。

間違い:E[X^2] = E[X]^2
間違い:E[1/X] =  1/E[X]
間違い:E[\log X] = \log E[X]
間違い:E[\sqrt{X}] = \sqrt{E[X]}

たとえば E[X^2]=E[X]^2 は成り立ちません。正しくは E[X^2] > E[X]^2 で、2乗の期待値が期待値の2乗より大きいのです。どういうことなのか、例で考えてみましょう。いま、Xをとある菓子職人が作る正方形の形をしたクッキーの一辺の長さとしましょう。この人はいい加減な職人で、正方形クッキーの一辺を5センチにするように言われているのに、半分は6センチ、もう半分は4センチにしてしまいます。つまり、

確率50%でX=6 cm
確率50%でX=4 cm

です。このとき、期待値では一辺の長さはE[X]=5 cmです。正方形クッキーの面積はX^2ですが、その期待値はいくつになるでしょうか。一辺の長さは期待値E[X]=5 cmだから、面積の期待値は25 cm^2ではないか、と思いたくなりますが、違います。「2乗」は期待値の外に出せません。


実際、一辺6cmならクッキーの面積は36 cm^2、一辺4cmならばクッキーの面積は16 cm^2なので、確率が半々であることを考慮すると、面積の期待値は(36 +16)/2 = 26 cm^2ですね。これは数学で「ジェンセンの不等式 (Jensen’s inequality)」と呼ばれる現象の1つです。


次回は確率変数がたくさんある場合の期待値の性質です。

>> 期待値の基本性質(2)「線型結合」の期待値