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パーティーに人を集めるには

たくさんプレーヤーがいるコーディネーション・ゲームの一例を紹介しましょう。ある有名歌手の公演に出かけた両親に、帰ってきてから感想を聞くと、こんな返事が返ってきました。 「1曲目が終わった後、拍手をしようとしたのだけど、誰も拍手をしないの。だから私たちも拍手できなかったのよ。そのあとも、最後の曲まで拍手はなくって。歌はどれも良かったのに、なんだか気まずい公演だったわ。」


1000人の観客が、それぞれ拍手するかしないか、選択する場面を想像してください。1000人全員がこう考えます。「他に50人くらいが拍手するなら自分も喜んで拍手するが、ほとんど誰も拍手していない状況でするのは恥ずかしい。」このとき、起こりうることは2つしかありません。1000人全員が拍手するか、誰もしないかです。3人だけ拍手するとか、50人だけ拍手するとか、そういう中途半端なことは起こりません。3人だけだったらその人たちもすぐ拍手をやめます。50人拍手していれば、全員がそれに賛同します。


全員で拍手喝采か、拍手なしか。起こりうる結果が2つあるこの状況は、コーディネーション・ゲームです。みんなが拍手したいと思っていたにも関わらず、誰も拍手しない状態に陥ってしまったこの公演のエピソードは、前回取り上げた、2つ目の意味での「調整の失敗」です。


似たような例が、パーティーや学会などのイベントです。大勢が参加するなら、楽しいからみんな参加したいと思います。参加する人が少数だったら、つまらないから参加したくありません。そうみんなが考えるので、落ち着くところは2つしかありません。みんな参加するか、誰も参加しないか。誰も参加しない「調整の失敗」は何とか避けたいところです。


拍手やパーティーにみんなが参加してくれる良い状態を、どうしたら達成できるでしょうか。「パーティーに人を集めたければ、人気者はみんな来ると触れ回ればいい」とよく言いますが、これは『シフト』の主人公たちが採った、やや心もとない方法とも言えます。要は、確実に参加する人たちがいてくれればいいのです。拍手であれば、さくらを雇って拍手を先導する人たちを随所に配置することが可能です。パーティーや学会などのイベントであれば、人気のある人たちを正式なゲストとして招いて、この人たちは絶対来てくれるようにするのが常套手段です。


アメリカの大学町には必ず若者たちが集うナイトクラブがありますが、時々、「女性は入場無料」という日があったりします。女の子は、他の女の子たちが行かない所には行きません。女の子が行かない所には男の子も行きません。女性の入場を無料にして女性客を呼び込むことは、調整の失敗を回避するための策と言えます。


「拍手喝采の方がいい」とか、「賑やかなクラブで盛り上がりたい」と、みんなの意見が一致しているのですから、調整の失敗は簡単に回避できそうな気がします。ところがそう簡単にはいかない場合があります。次回は、調整が難しい、コーディネーション・ゲームの中でも最も厄介な部類の「スタッグ・ハント (stag hunt)」を紹介します。

>> コーディネーション・ゲーム(4)スタッグ・ハント(鹿狩り)ゲーム