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どっちでもいいから、はっきりして!

ゲーム理論でよく出て来る言葉に、「調整の失敗(coordination failure)」というのがあります。日常語でぴったり来るのは「すれ違い」でしょうか。今回と次回は、この「調整の失敗」の意味を勉強しましょう。


「車で迎えに行くから、いつもの場所で待ってて」とお父さんに言われたあなた。「いつもの場所」に向かおうとして、はっと気づきます。いつもの場所って、北口のコンビニかな、それとも南口の駐車場かな。家に電話しますが、時すでに遅し。お父さんは携帯電話も持たずに、すでに車で出発したようです。


一方、車を運転する父もはっと気づきます。自分は南口の駐車場のつもりで「いつもの場所」と言ったけど、ひょっとしてあの子は北口のコンビニだと思ったかもしれない。


父と子供。北口だろうが南口だろうが、会えさえすればどっちだっていいのですが、ちゃんと確認しなかったせいで、お互い迷ってしまいます。さて、相手はどっちに来るだろう。こうなったら二人とも、エイヤっとどちらかを選ぶしかありません。ランダムですから、運が良ければ会えますが、運が悪ければすれ違いになります。もっとちゃんと調整しておけば良かった、「調整に失敗」した、ということになります。


これは集団に関しても言えることです。日本やイギリスで車を運転するときは左側通行ですが、アメリカなど多くの国では右側通行になります。たいがいの人はその土地のルールに従います。法律で決まっているからというより、その方が安全だからです。 「みんなが右側通行」と「みんなが左側通行」のどちらに落ち着いても安全性に変わりはありません。交通ルールに関して、きちんと調整された社会と言えます。


困るのは、右とも左とも定まっていない状況です。狭い道を自転車で走っていると、右側通行しようとする人と、左側通行しようとする人が半々です。向こうから来る相手がどっちのつもりか、図りかねるとこちらも迷い、結局ぶつかりそうになってしまうことも。みんながその場その場で、右を行ったり左を行ったりするランダムな状態は、調整がとれていない危なっかしい状態です。


このような「調整の失敗」がモチーフとなった映画があります。2008年メキシコのヒューマン・コメディー映画です。主役はバナナ農園で働く兄弟。草サッカーでは、兄はゴール・キーパー、弟はストライカーをつとめます。ある日、二人にプロサッカー選手になるチャンスが訪れますが、プロを目指せるのはどちらかの一人だけ。どちらか決めるペナルティ・キック勝負で、二人は兄が勝つよう八百長を試み、右に蹴ると決めておきます。ところが、「右に蹴る」の「右」が誰にとっての右なのか、きちんと調整しなかったせいで、思惑とは違った方向にストーリーが展開していくのです。


このように、お互いの行動が噛み合わないことを、ゲーム理論では「調整の失敗」といいます。そして、きちんと調整することを、英語ではコーディネーションと言います。右でも左でも、とにかく行動が噛み合えばお互いに高い利得を得、行動が噛み合わなければ、互いに損をする。これがコーディネーション・ゲームと呼ばれる状況です。


ここまで、行動が噛み合わないことが「調整の失敗」だ、と説明しました。ところが紛らわしいことに、この調整の失敗という言葉を、ゲーム理論ではもう一つ別の意味でも使います。次回はもう一つの用法を勉強し、両方使いこなせるようになりましょう。

>> コーディネーション・ゲーム(2)向こうがOKなら、こちらもOK


本文で紹介した映画