目次へ

<< 囚人のジレンマ(2)



19世紀のフランス人数学者・経済学者ベルトランに由来する、「ベルトラン競争」はこんなふうです。

2つの企業A社とB社が全く同じ物をネット販売しています。100人の買い手はみな、1個10,000円までなら払ってもいいと思っています。そして、少しでも安い方の企業から買おうと思っています。2つの企業がそれぞれ10,000円の値段をつけたら、客はてきとうにA社かB社を選ぶので、A社もB社もだいたい50人のお客に売って、売上げはだいたい50万円と期待できます。


ここでA社だけが9,900円に値引きしたらどうなるでしょうか。お客は少しでも安い方がいいという設定ですと、客は100人ともA社に流れます。A社が1個9,900円で100個売れるので、売上げは99万円と、ほぼ倍増します。一方でB社は客を全て失います。


もちろん、B社も負けてはいません。値段を9,800円にすれば、今度はお客はすべてB社に流れるので、B社が100個売って、売上げ98万円です。A社は客を全て失います。


このまま2社は、互いに相手より少しだけ安い値段を付けようとし、商品の値引き競争を繰り広げ、結局、「もうこれ以上下げたら儲からない」というところに陥ります。これがベルトランの考える結果です。


やや極端ですが、ベルトラン競争は現実にもあり得る話です。「相手の出かたに関わりなく、とにかく抜けがけするのが得」という囚人のジレンマと比較すると、「相手をほんの少しだけ出し抜くのが得」というのが、ベルトラン競争の特徴です。上の例だと、ライバル企業の値段よりも、ほんの少しだけ低い値段を付けるのが一番得だということです。そのような違いはありますが、何とか協調しないと、結果的に共倒れするという点では、囚人のジレンマとベルトラン競争はよく似ています。


ベルトラン競争が起こる場面は、企業の値下げ競争に限りません。「相手をちょっとだけ出し抜きたい」とお互い思っているせいで、ずるずる共倒れするのであれば、ベルトラン競争だと言えます。その最たる例が、大学の新卒採用のための「青田刈り」です。優秀な学生を、他の企業より1日でも早く確保したいと思うあまり、採用活動の時期が、4年生の夏、3年生の冬、3年生の夏と、どんどん早まります。大学の合格発表の日に、合格者にインターンシップの案内を送る日が来るかもしれません。


以前お話しした、合宿所のすき焼きパーティーでの、お腹を空かせたアスリートたちの例え話を思い出してください。他の部員よりあと1秒早く肉を取ろうとするあまり、みんな生煮えのまま食べる羽目になるのもベルトラン的です。


小説『二十四の瞳』には、戦後の食糧難の時代が出てきます。柿や栗の実が熟れるまで木に残っていることはなく、主人公の大石先生の娘も、まだ青い柿の実を食べたことが原因で、お腹をこわして亡くなってしまいます。柿や栗の実が熟れるまで待って、みんなで分配する仕組みがあれば、女の子は死なずに済んだかもしれませんが、そのような協調を達成するのは困難だったでしょう。


しかしそれは、いつも協調が不可能ということではありません。比較的容易に協調が達成できる場合も多くあります。そして、その解決のパターンはどれも同じです。次回からは、囚人のジレンマやベルトラン競争のような状況で、抜けがけを防いで協調を達成する3つの方法を見ていきましょう。

>> 協調の達成(1)リヴァイアサン