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家電量販店の方法
「囚人のジレンマ」や「ベルトラン競争」の問題点は、自分だけ抜けがけした場合、自分だけが得をする、ということです。みんながそう考えるので、結局みんな不幸になってしまうのです。ではもし、相手の行動に自分の行動が「いやがおうでも」自動的に連動する仕組みを作れたらどうでしょうか。
例えば、すき焼きパーティーの席で、あなたは鍋の中の具材を虎視眈々と狙うのを放棄して、隣の部員に自分の皿を渡し、「お前取ったらさ、俺にも取ってくれない?」と頼んで、スマフォをいじり始めたとします。隣の部員はもう自分だけの抜けがけはできなくなります。自分の皿に肉を取ったら、自動的にあなたの皿にも肉を取らなければならないからです。
自分の行動を相手の行動に連動させる作戦の有名な例が、家電量販店の「他社の方が一円でも安ければお知らせください。私たちもその値段にします」という広告です。これは客に対するメッセージでありながら、ライバル店へのメッセージでもあります。つまり、「あなたの店と全く同じ値段にすると、お客さんに宣言しちゃったよ」というメッセージです。以前話したベルトラン競争の例では、自社だけ値引きすると、自社だけ売上げが増えたのですが、もはやそれは不可能です。「自社の値引き = 他社の値引き」ですから、お客は増えません。ライバル店も値下げを諦めることでしょう。
最近ではインターネット上で、航空券、旅行、保険など、様々な分野で複数の店の値段を比較する「価格比較サイト」が登場しています。「少しでも安い店が簡単に見つかって助かるなあ」と思うかもしれません。でも理論的には、価格比較サイトは、価格の硬直を促す可能性があります。もしそのサイトが正確でリアルタイムだとしたら、お互いの値段が全て筒抜けということですから、「他が一円でも安ければ、うちも」という脅しの仕組みが作りやすくなります。
さて、もし「囚人のジレンマ」や「ベルトラン競争」のような状況が、一回きりではなく、同じメンバーで今後何度も繰り返される、としたらどうでしょうか。「自動的に連動」する仕組みがなくても、 他の人が抜けがけしたら、次回報復、という戦略が可能になります。そのような協調の方法を、ゲーム理論では「長期的関係」と言います。次回はこの、「長期的関係」の例を見てみましょう。
>> 協調の達成(3)長期的関係