例1.合計の支出


高校ではベクトルを、物体の運動という物理的なイメージで教えます。でも、経済学のベクトルはもっと単純です。経済学では、数字が2つ以上並ぶものを何でも「ベクトル (vector)」と言います。


例えばリンゴの値段が100円、バナナの値段が200円、ココナッツの値段が400円であるとしましょう。これらの値段をずらっと並べたもの (100, 200, 500) を「価格ベクトル」と呼んだりします。ベクトルの意味は、「数字が2つ以上並んでいるよ」というだけの意味です。価格 (Price)、リンゴ (apple)、バナナ (banana)、ココナッツ (coconut)の頭文字をとって、それぞれのフルーツの価格をP_aP_bP_cと表すことにすれば、「リンゴは100円、バナナは200円、ココナッツは400円です」という代わりに、「リンゴ、バナナ、ココナッツの値段は

    \begin{eqnarray*}P=(P_a, P_b, P_c) = (100, 200, 500) \end{eqnarray*}


というベクトルで与えられている」という言い方をします。


高校ではベクトルは文字の上に矢印をつけて、\overrightarrow{P} = (P_a, P_b, P_c) のように表します。大学1年の線形代数の授業では{\bf P} = (P_a, P_b, P_c) のように太字にしたりします。そうすると、ベクトルを普通の変数(スカラー)から区別しやすいためです。でも経済学では、いちいち矢印をつけたり太字にしたりせず、P=(P_a, P_b, P_c) と書きます。というのは、出てくる変数のほとんどがベクトルだからです。ですから、経済学の数式で一度ベクトルが出てきたら、それがベクトルだとずっと覚えておく必要があります。


さて、今リンゴ、バナナ、ココナッツをそれぞれ10個、5個、3個買うことを考えましょう。数量は英語でQuantityですから、今その頭文字をとって購入する数量のベクトルを

    \begin{eqnarray*}Q = (Q_a, Q_b, Q_c) = (10, 5, 3)\end{eqnarray*}


と書き表すことにします。単価と購入量が決まれば合計の出費が計算できますが、いくらになるでしょうか。答えは、単価と数量をそれぞれ掛けたあと、足し合わせればいいので、

    \begin{eqnarray*}P_aQ_a+ P_aQ_b+ P_cQ_c &=& 100\times10 + 200\times 5 + 500 \times 3\\ &=& \yen3500\end{eqnarray*}


ですね。2つのベクトルがあるとき、1番目の数字どうしを掛け、2番目の数字どうしを掛け・・・として最後に足し合わせる演算を「内積(ないせき)」と言います。つまり「価格ベクトル」と「数量ベクトル」が与えられたら、合計の支出は2つのベクトルの内積に他ならないのです。経済学では単純にPQ=3500と書きます。内積なのですが、普通の掛け算のようにPQと書いてしまいます。でもPQもベクトルなので、経済学では「あ、PQは内積だな」と暗黙のうちに理解されます。


ちなみに、エクセルで内積を求めるときは、「積の和」を意味するSUMPRODUCTという関数を使います。以下の図のように、2つのベクトルの範囲を、コンマで区切って与えてやるだけです。


これで3500という答えが出てきます。ベクトルの内積に慣れるため、次回は別の例を紹介します。

>> 経済学におけるベクトルと内積(2)例2.期待値